皆さま、お世話になっております。
久しぶりに夢航海を購入し、金曜の夜を盛大に楽しむ予定のcommaです。
一杯、いや二杯、いや三杯ってもうええわ!!
とりあえずグイッと飲んで夢の中を航海しようとたくらんでおります!!!(^^)!!!
さてさて今回のテーマですが!!今回は!!!
『沖縄のグスクについて』です。(再更新です)
沖縄諸島、宮古・八重山諸島には「グスク・スク」と呼ばれる遺跡が200から300近くあると
推定されており、世界遺産に登録されているものもあります!
それではいってみよ~Σ(・ω・ノ)ノ!
参考文献:琉球・沖縄史、グスク探訪ガイド
グスクとは?
まずグスクってなんだ?(*_*)
グスクとは奄美大島諸島、沖縄諸島、両先島諸島の比較的高所に現存する遺跡で
一般に「グスク」=「城」と漢字が当てられています。
各地に造られたグスクの主を一般に按司と呼びその按司の居所として考えられています。
地域別の特徴
奄美大島、喜界島:主として空堀、土塁のグスク
徳之島、沖永良部島、与論島:石塁のグスク
沖縄島、及び周辺諸島:主として石塁のグスク(首里城、中城城など)
世界遺産に登録されている9ヶ所の「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」
今帰仁城跡・座喜味城跡・勝連城跡・中城城跡
園比屋武御嶽石門・首里城跡・玉陵・識名園・斎場御嶽
グスクの地形的分類
1、丘陵の頂所を中心とするグスク
首里城、伊波域、座喜味城、勝連城、中城、浦添城、玉城、面縄グスク
2、独自の小高い独立丘のグスク
田名城、伊是名城、知花城、安慶名城etc
3、一面または二面絶壁状をなす大地に立地するグスク
今帰仁城、伊敷索城(久米島)、知念城、糸数域
4、空堀のある城
国頭城(謝名域)、名護城、具志川域(久米島)、赤木名グスク(奄美大島)etc
グスクの歴史
沖縄のグスクが盛んに作られた時代
12世紀中期~15世紀初頭頃。(日本の鎌倉時代~室町時代)
グスクが造られた背景
10~12世紀の間に琉球列島で農耕が始まり、社会が形成されていったと考えられています。
(日本の平安時代~鎌倉時代)
三山鼎立時代
グスクの主である按司の抗争・統合などがあり、三つの小国へまとまったと考えられています。
三つの小国:
北部 今帰仁グスク(北山・山北)
中部 浦添グスク(中山)
南部 山南グスク(島尻大里グスクか?)
三山の中でも浦添城主 察度はより勢力があったと考えられています。
(進貢貿易の回数が一番多く、そう考えられているそうです)
当時の明国との進貢貿易の回数:中山60回、南山27回、北山13回
今帰仁城跡
沖縄の桜の名所!!
概要
沖縄県本部半島今帰仁村今泊の海岸約1.5㎞登りつめた標高約100mの古生層石灰岩丘陵上にあります。
城は、北山グスクと言い、北山王統の居城でもあったんだとか
。
特徴としては、歴史が古いこと、地域が広いこと、遺構が比較的よく残っていること、
複雑な構造をもつなど。
歴史
築年代は不明。
怕尼芝(はにし)・珉・攀安知(はんあんち)の居城で、十四世紀中期ごろに
大規模に修築されたと考えられています。
三代にわたって北山(山北)王の居城として使われた城でした。
北山は沖縄本島の北部や周辺の離島を治め、中国との貿易も行われ栄えていたそうです。
攀安知が中山尚巴志(しょうはし)に攻略され滅び、中山の支配化に置かれ、
尚巴志の次男、尚忠が見張りとして北山監守になったそうです。
1609年薩摩軍の進攻の際、城内の建物が焼失し、1665年7代目監守従憲のとき、
首里に引き上げ廃城となり、城は具志川家(地元のノロ)の所有となったとのこと。
グスク情報
別称:北山グスク 築城年:12-13世紀頃?
築城者:不明 立地形態:山城、一の郭礎石・石積み
広さ:約180m×350m
標高:約100m
入場料金
個人 | 団体(10名以上) | |
---|---|---|
大人 | 400円 | 320円 |
小中高生 | 300円 | 240円 |
小学生未満 | 無料 | 無料 |
営業時間
- 今帰仁城趾・今帰仁村歴史文化センター
(※両施設統一チケットです)
・通常期間(1~4、9~12月)
午前8時~午後6時(最終入場午後5時30分)
・夏期延長期間(5~8月)
午前8時~午後7時(最終入場午後6時30分)
定休日
- 年中無休
- ※但し、予告無く館内燻蒸、施設管理等によって一部施設を閉館する場合もあります。
駐車場
- 無料(約320台収容)
アクセス
◇車での所要時間
1、沖縄自動車道経由 約1時間33分(約90.6㎞)
- *渋滞などの交通状況により移動時間は変わります
- ◇バス
- 本部循環線
やんばる急行バス(那覇空港・那覇市内まで乗り換えなしの急行バス)
※今帰仁村字今泊今帰仁城跡入口バス停下車徒歩15分
問い合わせ
座喜味城跡
無料で見学できる素晴らしいグスク!!
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概要
築城家として名高い護佐丸(ごさまる)が、約560年前(15世紀初期)に築いた戦略的居城。
国道58号を那覇から約30㎞北上した読谷村喜名の西方2㎞の地点、宇座喜味集落の北端に
位置し、頂上は標高127mです。
グスク跡に立つと、晴れた日には、首里、那覇をはじめ沖縄西側の海面に浮かぶ
慶良間諸島、久米島、渡名喜島、粟国島、伊江島、伊平屋島諸島が眺望できるんです!!
沖縄島中南部におけるグスクは、琉球石灰岩崖上に築城されるのが通常の形態であるが、
座喜味グスクは国頭マージの台地上に立地しています。
城壁は屏風状に屈曲しており、カーブの各角に丸味をもつ沖縄特有の城郭形態を示してます。
郭の城門は、沖縄島に現存する最古のアーチ門と考えられています。
歴史
1422年中山王・尚巴志は今帰仁城を攻略し、琉球王国が統一されました。
その際、攻略に参加した護佐丸じゃ読谷山間切山田から座喜味へ移動しました。
そこは、中山首里へノロシの緊急連絡のできる最高地で、晴天の日には
西海岸側の島々が全て見え、眺望のきく場所でした。
築城にあたり領地内だけでなく北山の勢力範囲にあった奄美諸島の人民も
徴用したと言われています。
近代戦と言われた太平洋戦争最後の沖縄戦においては高射砲陣地となり、
戦後もまた同グスク一の郭は米軍基地となっていたが、環境整備事業を実施するとなり
1974年10月31日に基地施設を撤去しました。
このグスクは、地理的条件を備えた位置にあり、古今を問わず軍事的な
要所としての役目を果たしてきました。
グスク情報
別称:読谷山(ゆたんざ)グスク 築城年:15世紀初期頃か
築城者:護佐丸 立地形態:山城、石積み、一の郭と拱門・二の郭と拱門
広さ:130m×140m
標高:127m
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入場料金
無料
-
営業時間
特になし
-
定休日
なし
駐車場
- 無料
-
アクセス
◇車での所要時間
1、国道58号線経由 約56分(30.3㎞)
2、沖縄自動車道経由 約58分(40.5㎞)
3、那覇空港自動車道~沖縄自動車道経由 約56分(47.1㎞)
*渋滞などの交通状況により移動時間は変わります
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問い合わせ
〒904-0301 読谷村字座喜味708-6番地
◇路線バス : 那覇バスターミナル29番読谷線座喜味バス停下車 徒歩約15分
【読谷村役場 文化振興課】 098-958-3141
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バリアフリー
駐車場から上の高倉の横のスロープを使えば城の手前まで行けますが、城内には入れません。
スロープは劣化してデコボコしているので道が悪いです。
勝連城跡
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概要
沖縄島中部の東海岸に突き出た勝連半島にあります。
城跡を三の郭・二の郭・一の郭と登ると、南西に中城湾、知念半島、東方に伊計、宮城、
平安座、浜比嘉、津堅、久高の島々、金武湾を囲んで国頭の山々の尾根が眺望できます。
この時代の地方にこれだけの城があったいうことは驚きであると専門家も発言しています。
四の郭の石垣は明治時代、道路や護岸工事に全て使用され、原形をとどめていません。
歴史
11~12世紀頃築城され、15世紀ごろに修築されたと考えられています。
阿麻和利(あまわり)の時代が最盛期であり、その後も使用されていました。
それ以前の城主は、茂知附(望月)按司といわれています。
城跡からは日本本土や奄美・朝鮮・中国・東南アジアなどの産物が出土しており
阿麻和利が海外貿易で力をつけていたことがわかります。
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グスク情報
別称:なし
築城年:12世紀、15世紀修築
築城者:最後の修築者阿麻和利
立地形態:山城、一の郭・二の郭・三の郭・四の郭の石積み
広さ:約140m×85m
標高:約98m~63m
入場料金
現在、有料になっています!
こちらからご確認ください☞勝連城公式ホームぺージ
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営業時間
開所 時間午前9時~午後6時
※城内も同じご利用時間となります。
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定休日
年中無休
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駐車場
駐車料金無料 大型バス:6台 普通車:125台
※駐車場は、9時~18時までのご利用となります
アクセス
◇車での所要時間
1、国道330号~沖縄自動車道経由 約56分(34.7㎞)
2、沖縄自動車道経由 約53分
3、那覇空港自動車道経由 約55分 (41.3㎞)
◇路線バス
1、那覇バスターミナル発 屋慶名線27西原バス停下車、徒歩約10分 所要時間約2時間
2、那覇バスターミナル発 与勝線(52番)勝連城跡前下車
3、おもろまち駅広場発 屋慶名おもろまち線(227番)西原バス停下車、徒歩約10分
4、宜野湾真志喜発 前原線(61番) 勝連城跡前下車
5、中城城跡より 仲順バス停より 与勝線(52番) 勝連城跡前下車 所要時間約1時間
沖縄のバス総合サイト バスナビ沖縄
◇タクシー
那覇市内から一般道路を利用した場合の運賃の目安(渋滞などは考慮していない)
約¥7000~
問い合わせ
勝連城跡休憩所
〒904-2311 沖縄県うるま市勝連南風原3908
TEL : 0989787373
FAX :098-923-2179
E-mail : amawari@katsuren-jo.jp
中城城跡
築城技術の高いグスク!!お金を払ってでも見る価値あり!!(個人的感想です!)
概要
沖縄島中部に位置し、太平洋へと続く中城湾を見下ろせる標高100m余りの石灰岩台地上にあります。
中城の東南側は自然の絶壁をなし、一の郭を中心に西南側に拝所のある郭、東北側に
二の郭・三の郭へと続きます。
城跡の南南西側に表門、東北東側に裏門があります。
表門は痕跡から楼門であったと考えられ、裏門は拱門(アーチ門)です。
石材は石灰岩、石積みは切石積みで屏風形式を用い、一の郭、二の郭は布積み、
三の郭は亀甲乱れ積み(相方積み)です。
この城は堅牢で、中国・朝鮮国の築城様式を導入しながら、東洋では琉球国だけに
見られる石垣の角ならびに天場(頂上の広場)の角が丸味を帯び全体として
堂々とした外観を呈しており、沖縄城郭史上完成期の貴重な城跡です。
正しい石積みと、城を囲む石塁の美しい曲線は、ほぼ築城当時の姿を残している。
1853年、この地を訪れた米国のペリー艦隊一行も、築城技術の高さを称賛しています。
【正門】
【裏門】
【北の郭】
【南の郭】
【西の郭】
【一の郭】
【二の郭】
【三の郭】
【野面積み:南の郭】
「野面」とは、加工していない石の事。その名の通り、自然の岩や石をそのまま組み合わせる技法です。
【布積み(別名、豆腐積み):一の郭、二の郭】
直方体に加工した石を、一段ごとに高さを揃えてブロック状に積み上げる。門の周辺にもこの技法が用いられており、大きな石を積む事で強固に仕上がっています。
【亀甲乱積み(別名、相方積み):三の郭、北の郭】
石を多角形に加工し、互いに噛み合うように積む技法。強度と耐久性に富む。護佐丸の時代に築かれ、三の郭と北の郭に見られます。
歴史
1438年に護佐丸が座喜味城から移ってきて築城したと伝えられるが、
それは裏門と三の郭であり、表門・一の郭・二の郭は
先の中城按司の築城だという伝承があります。
『異本毛姓由来記』によれば、護佐丸は尚忠即位の1440年に
座喜味から中城へ移封されたといわれています。
『毛氏先祖由来記』では、勝連城主阿麻和利から中山を防御するため、
尚泰久から中城の地を賜り、そのときに城郭を拡張したとのこと。
1458年、護佐丸・阿麻和利の変で護佐丸は滅び、城を明け渡すが、
同年には阿麻和利も滅亡したそうです。
グスク情報
- 別称:なし築城年:13世紀ー15世紀頃か築城者:のちに護佐丸か? 立地形態:山城、石積み、切石積み広さ:約215m×80m標高:約100m
入場料金
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大人400円(団体300円)中/高校生300円(団体200円)小学生200円(団体100円)団体扱いは20名以上が対象。保護者同伴の小学校就学前の方は無料。
手帳を提示していただくと無料となります。
また手帳をお持ちの方1名につき、介護者1名まで無料で入場できます。
※拝所への参拝については団体料金の金額となります。
営業時間
8:30~17:005月~9月の間は18:00まで
定休日
年中無休となっております。
(ただし中城城跡の観覧につきましては、お客様の安全確保等の為、気象状況や城跡内の整備、
各種イベント等により、予告無く観覧を制限する場合もあります。 予めご了承ください。)
駐車場
無料:大型バス7台、乗用車約50台
アクセス
◇車での所要時間
1、那覇空港より約36分(約23.8㎞)国道58号線
2、県道222号~沖縄自動車道経由 約37分(約24.7㎞)
3、那覇空港自動車道~沖縄自動車道経由 約36分(約30.4㎞)
*渋滞などの交通状況により移動時間は変わります
問い合わせ
バリアフリー、介助犬について
- 障害者用トイレがあります。
- ただし、車イスやベビーカーでの観覧は不可です。
- 車イス・ベビーカーの貸出は行っておりません。
- 盲導犬・聴導犬および介助犬の入場は可能です。
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